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東京地方裁判所 昭和34年(ヨ)2136号 判決

申請人 愛久沢治美

右代理人弁護士 佐伯静治

彦坂敏尚

藤本正

被申請人 株式会社鈴木商店

右代表者代表取締役 鈴木正太郎

右代理人弁護士 浅田清松

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、申請人が昭和三十三年十月二十一日会社に月給金一万五百円、毎月末日払の約で雇入れられその営業部販売係に配置されたことは当事者間に争がない。

二、ところで申請人は少くとも同年十一月三日以降は会社の責に帰すべき事由に基き申請人の就労不能が生じ将来もこれが継続すべき事情にある旨を主張する。

そこで先ず申請人の就労不能の有無につき判断すると、申請人がもと会社の傍系たる八千代インキの従業員であつたこと、しかして会社及び八千代インキの従業員が昭和三十三年八月頃から逐次東京出版印刷製本産業労働組合に加入し同年十月十二日その加入者を以て下部組織たる組合を結成したこと、その八千代インキが右同日工場を閉鎖したことに関連して会社が同月二十一日組合との間において八千代インキの従業員四名全部の雇入に関する口頭の協定を結び右協定に基き申請人を雇入れたものであること、ところが申請人が同月二十三日会社の命じた業務に従事しただけで翌二十四日には就労を拒否し越えて昭和三十四年五月十四日会社から解雇の意思表示を通告され且つ会社提供の解雇予告手当を受領したことは当事者間に争がなく、弁論の全趣旨によれば申請人は昭和三十三年十月二十四日就労を拒否して以来会社において就労していないことが一応認められる。しかし申請人は右不就労に関し(イ)、申請人が同年十一月二日まで就労を拒否していたのは会社が組合との協約に基きあらたに雇入るべき八千代インキの従業員を本人の希望する職場に配置すべき義務があるに拘らずこれに違反し申請人をその希望の営業部倉庫係に配置しなかつたところから会社に右協定の履行を促すためであつたものであり、(ロ)申請人が同月三日以降就労しなかつたのは会社が申請人において生活維持の必要上出社のうえ会社の命じる業務に従事すべく申出でその後も同様の申出を重ねたに対し「今からでは遅い」という理由で右申出を拒否したため就労の途かなかつたものである旨を主張し、証人鈴木健治の証言竝びに申請人本人尋問の結果中には右(ロ)の主張に符合する供述があるが、右供述部分は後顕疏明に照してたやすく採用し難く、他には右(ロ)の主張事実を肯認するに足る疏明はない。のみならず成立に争のない乙第二号証の二、三、証人小山邦治、同栢木貞量の各証言を綜合すれば、むしろ申請人は会社の職場配置に対する不満から同年十月二十四日就労を拒否した後においては終始会社から配置された営業部販売係として就労することを肯んじなかつたこと、その現われを示せば、組合はその組合員たる申請人のため一旦は同月二十七日会社に対し申請人を営業部倉庫係に配置換すべく申入れたが会社からこれを拒否されたので方針を改め申請人に就労すべく勧告したところ申請人がこれに耳を藉さず同年十二月初旬に至つても態度を変えないのでその頃やむなく申請人の円満退職を図るべく会社にその旨の申入をなしたこと、又東京出版印刷製本産業労働組合は当時その下部組織たる組合が事実上組織から離脱していたので組合の意向にかかわりなく申請人のため同月中会社の申請人に対する職場配置を以て不当労働行為であるとなして東京都労働委員会にこれが救済の申立をなし同委員会は昭和三十四年三月中労使間に斡旋を試み不調に帰したことが一応認められるのである。してみると他に特段の事情がない限り申請人の昭和三十三年十一月三日以降における不就労は同年十月二十四日から同年十一月二日までの不就労とともに就労が可能であつたに拘らず、あえて就労しなかつたものと推認する外なく申請人主張のように就労不能によつたものとは、とうてい認めることができない。なお仮に申請人の右(イ)の主張のとおり会社が組合との協定により申請人をその希望の職場に配置すべく約し又申請人が希望職場として営業部倉庫係を指定していたとしても、会社が申請人を営業部販売係に配置して作業を命じたことは右協定に違反することとなるだけであつて、もとよりそれだけで直ちに申請人の就労を不能ならしめたものと考え得ないことは社会通念上明らかである。

もつとも、さきに認定したように会社は昭和三十四年五月十四日到達の通告を以て申請人に対し解雇の意思表示をなしたのであるから申請人が右同日以降会社のため労務を提供してもその受領を拒絶されたであろうことは推量するに難くなく従つて事実上就労が不能となつたことを否み得ないけれども、これを以て法律上就労義務の履行不能と解し得るか否かは右解雇の意思表示の効力如何によつて決せられる。しかして、この点に関し申請人は右解雇の意思表示を以て不当労働行為であるから無効であると主張するので、その成否につき省察を加えると、証人栢木貞量の証言によれば会社が本件解雇の理由としたところは申請人が昭和三十三年十月二十四日就労を拒否して以来六箇月有余の間欠勤して労務を提供しなかつた点にあることが一応認められるのであるが、一方申請人が就労を拒否するに至つた経緯に関する申請人の前記(イ)の主張については成立に争のない甲第二号証の記載竝びに証人鈴木健治及び申請人本人の各供述中右主張に沿う部分は後顕疏明と対比してにわかに採用し得る限りではなく他に右主張事実を肯認するに足る疏明がないのみならず、成立に争のない乙第六号証、証人栢木貞量の証言により成立の真正を認むべき乙第一号証並びに右証言を綜合すれば、かえつて会社が組合との間において妥結した協定中新規に雇入るべき八千代インキの従業員の職場配置に関する条項は会社において本人の希望を聴取し経営採算に合致する限りその希望を容れる(右協定の内容を記載したものとして組合から東京都労働委員会に提出された文書の写たることに争のない乙第六号証には、この点につき常識で考えられる範囲で本人の希望を容れる旨の記載があるが、ここにいう常識とは経営上通常用いられ又用いらるべき知識を意味し内容的には経営採算に関する事項を措いて外にないと考えるのが相当であるから右乙号証記載の趣旨も本文と大差がない。)というのであつて、これを裏返して読めば職場配置に関する本人の希望は会社の経営採算を度外視してまで会社を拘束するものではないという趣旨のものであつたこと、しかして会社の営業部には職制上販売係、倉庫係及び記録係が存するが申請人は当時その希望職場を営業部と指定しただけであること、そこで会社は申請人の給与額、年令の点から申請人を営業部販売係に配置するのが適当であると判断してそのように取扱つたものであること、なお会社の営業部販売係は外交販売を主として担当し月額金二百万円の販売責任を負担させられているが、これに対し販売歩合(責任額を販売した場合を例にとると月額約八千円となる。)を支給されるので、これを基本給及び諸手当に加えればその賃金は係全員の平均で月額金二万円以上となつていること、もつとも申請人は外交販売の経験がないが、採用後の三箇月間は見習期間とされ販売責任の負担がないので、専ら販売術の習得、市場調査に当れば足りたものであることが一応認められるのである。してみると会社の申請人に対する職場の割当配置は少しも組合との協定違反となるものではないし、他に特段の事情がない限り特に不利益な取扱をしたものとも認め難い。しかるに申請人の欠勤が申請人の立場から、やむを得ない事情に基いたものであることについては、なんら疏明がない。さすれば会社が申請人の長期欠勤に対し解雇の措置を以て報いるのも、もつともであつて本件解雇の理由には十分に合理性があるものというべく、仮に申請人の主張のようにその主張の前掲事情の間に会社の不当労働行為の意思が介在したとしても他に特段の事情がない限り直ちにそのことの故に右解雇がなされたものと推認するには足りない。すなわち申請人の不当労働行為に関する主張は理由がない。ところが申請人か本件解雇の意思表示とともに解雇予告手当を受領したことはさきに認定のとおりであるから会社と申請人との間の雇傭関係は右解雇通告の到達した昭和三十四年五月十四日限り終了したものという外はないのであつて、もとより右同日以降における申請人の不就労を以て就労義務の履行不能によるものと目するに当らないことは明らかである。

三、これを要するに申請人の就労不能に関する主張は全く理由がなく、従つてこれを前提とすべき賃金請求権の存在に関する主張も亦その余の判断を俟たないで理由がないことに帰するから、本件仮処分申請はその被保全権利の存在につき疏明がないものとして却下を免れない。

よつて申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎 北川弘治 裁判長裁判官桑原正憲は差支につき署名捺印することができない。裁判官 駒田駿太郎)

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